建築か、ファッションか

建築か、ファッションか

大学の設計演習の打ち上げ会場は、落ち着いた照明の洒落たカジュアルなレストランだった。

 

優秀な同級生や後輩はもちろん、教授をはじめ普段会えない様な先輩方もいたため、適度に緊張しながら食事とお酒を楽しんだ。自分から話すというよりも、皆の話を聞きながら、これから建築に本腰を入れて頑張るべく、少しでもプラスになる情報を得ようとしていた。

 

宴会も終盤になり、お酒も皆にほどほどに回ってきたところで、不意に教授が特に目立つわけでもない自分の名前をよんだ。劣等生の自分の名前を教授が覚えていたことが何より驚きだった。

 

「寺西、お前は面接の際に洋服の写真を出してきたな。一つ聞きたいことがある。お前はファッションと建築、どっちがやりたいんだ?」

 

自分は嘘がつけない人間だ。設計の研究室の面接に落ちたのをきっかけに、ファッションから建築に気持ちを切り替えた、なんて言ってたのは本心ではなかった。とっさの教授の質問で、20人近くはいたであろう皆の視線が自分に集中しているのを感じながら、心の中に澱んでいた思いがそのまま口を突いて出てきてしまった。

 

「実は、、、迷っています。」

 

すぐさま教授が返答する。

 

「お前が本当にファッションをしたいのなら、”デザイナー”を紹介してやる。」


それはそれで願ってもないことだったのだが、何せ自分は嘘がつけない人間だ。デザイナーを紹介してくれると言われても興味のない人のところでは絶対働きたくない。むしろ今の学歴を活かして建築で頑張った方がいいに決まっている。しかし、さすがに教授に対してそれを言える勇気はなかった。

 

建築家は見なりに気を遣っている人が多い。自身の哲学というか生き方というか、纏う服はそれらを一瞬で外に対して印象づけるパワーを持っているからだろう。そう、洋服は生き方の一部でもある。特に大学生といえば20代前半、“自分”というものを確立するために奔走している真っ最中で、先輩方にも“ファッションというもの”に関心のある人が多かった。

 

そんな先輩の一人が、その場に居合わせたほとんどの人間が望んでいた言葉を教授に投げかけたのだ。

 

「先生、デザイナー紹介するって誰なんですか?」

 

一瞬の沈黙の後、教授は答える。

 

 

「ヨウジヤマモトだ」

 

 

次の瞬間、会場はサッカー延長戦での決勝ゴールが決まったかの様に沸き立った。

 

Via Threads

 

※ TOP画像はAIツールを使用して作成されたイメージです。


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